千葉県柏市方面に指導に赴き30年近くなる。
柏駅からひとつ東京よりの南柏駅、写真の場所は何もない喫茶店一軒の空地と自転車置き場だった。
近くの新松戸駅も何もなかった駅は大変な町になった。横浜では新横浜駅も何もない田園風景だった。
時の移り変わり、凄いものです。
朝教室に行く途中、何となく昔を思い出した。毎日同じ景色を見ていると、当たり前に成ってる自分がいた。足しげく通った30年、変わらず学んで頂いている人々がいることを、これも凄い事です。
皆当時は若かった。中高年ではなかった。
流山市、柏市に通った年輪を思う。
大した事は出来ていないが、無能な中で、やるべき事を馬車馬の如く働いた。
過ぎた歳月は歩いた人生の地図が描かれている。
街並みがどんどん進化するなか、我が身の進化は牛より遅い。周りの縁ある人々に支えられ、何とか今日迄たどり着いた。
草葉の父は誉めてくれるであろうか。思うように成らないのが人生、亡き父が『男は自分の尻が拭えぬ様では男でない』と責任が取れる人間になれと言うことだろうか。
人には器量、器、がある。明けても暮れても突き蹴りに明け暮れた空手道に取りつかれた時期、あるきっかけで中国ブームが来た。
太極拳という特徴ある体の運用を新鮮に感じた時、『ひらめき』や『ときめき』が人生を決める結果となった。
人生の仕事になろうとは思いもよらないことだった。
全国の縁が出来ているのも太極拳だからで、空手道なぞは道場との交流は持たない。狭い了見でしかない。
武道とは手の内を見せない、太極拳とは種類の違いがある。
たまには過ぎた歳月を思い返し思い出す事を、何故か南柏駅周辺の変貌を見て感じた。
過去の中に未来がある気がする。
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